上海通信Shanghai Report

上海花园饭店(ホテルオークラ上海)

2023年07月18日

こんにちは、Beauty Works Shanghaiの清水です。

地下鉄1号線x10号線陕西南路駅から徒歩5分程度、茂名南路沿いに上海花園飯店という格式高い日系ホテルがあります。1990年にグランドオープン、ワタシが最初に中国に着任した1993年当時も存在していた数少ない日系ホテルのひとつでして、当時広州常駐していた若輩者のワタシは、本社から偉い人が上海に出張で来たときだけ、一緒に泊まることができる憧れのホテルでした。

元フランス倶楽部で、Leonard VeysseyreとKruzeという2人のフランス人によって設計されたネオバロック様式の建築物ですが、内部はガラッと変わりアールデコになっています。

歴史を紐解きますと、アヘン戦争後多くの外国人が上海に入ってきたことが起源で、まずイギリスが租界地を作り、その次にフランスが租界地作ります。1900年になるとフランス人600人ほどが住むようになり、1920年には3500人ほどに増えます。
元々現在の土地は、ドイツが保有し移民クラブとして使用していて、1904年にはドイツカントリー倶楽部が建設されています。しかし第一次世界大戦にドイツが敗れるとフランスに没収されてしまいます。その後、増え続ける移民用に一部はサッスーン商会に売却し、残りを、1926年、この場所ジョッフル路X霞飛路(現在の淮海路)にフランス倶楽部を作りました。

そして、裏にセットバックして増築されたのが、現在使用されている上海花園飯店(ホテルオークラ上海)です。当時の施主は、野村証券、共同投資は錦江集団、管理は大倉飯店管理集団(ホテルオークラ)、設計は観光企画設計社、施工は大林組でして、現在の敷地面積は5540㎡ 延床は59320㎡ 地上高120m 34階地下1階で、客室数492室となっています。

開業後、ブッシュアメリカ大統領、シラクフランス大統領、コールドイツ首相、村山富市首相(いずれも当時)など、多くの首脳や要人がこのホテルに滞在しています。

現在、上海日本人商工クラブが時々、セミナーや親睦宴会なんかを開催してたり、その他公式非公式の宴会や行事(例えば学閥会とか)、その他イベントなんかで利用されており、営業開始してから30年以上経過した今でも、多くの上海在住日本人に親しまれているホテルなのです。

いまでは上海には、たくさんの外資系、民族系の豪華なホテルが乱立していますが、機会があればこのホテルにもぜひ泊まってみてください。古き良き時代の上海を感じることができるかもしれません。

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文責
碧优缇商务咨询(上海)有限公司
COO 清水誉
慶應義塾大学法学部法律学科卒業、関西学院大学大学院経済学研究科前期博士課程
修了、経済学修士。専門は、東アジア経済、中国労働経済。
1988年株式会社ブリヂストン入社、1993年広州事務所代表、1995年北京事務所代表、
1999年株式会社博報堂入社、2005年広東省広博報堂広告有限公司総経理などを歴任
し現職。中国ビジネス30年のスペシャリスト。
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